日本のサリドマイド事件の特長(回避できたはずの症例、生まれたはずの症例)

2022年4月17日

紙の書籍『サリドマイド事件(第三版)』(アマゾン・ペーパーバック版:POD版)を出版しました(2023年2月20日刊)。内容はKindle版(第七版)と同じです。現在の正式版は、アマゾンPOD版(紙の書籍)としています。(最新:2023/02/25刷)

POD版、Kindle版共に、Web版よりもきちんとまとまっています。(図版も入っています)

Web版の方が分量の多い箇所も、一部あります。ただし、Web版は全て〈参考資料〉の位置付けです。このWebをご覧いただく際には、〈未完成原稿〉であることをご了解くださいますようお願いいたします。

回避できたはずの症例

レンツ警告(1961年11月)を受けて、西ドイツをはじめ欧州各国は速やかに対応した。西欧先進国では、遅くとも同年12月末までには製品の回収を終了したものと思われる。

それに対して日本では、レンツ警告が出されてから販売中止(回収)決定(1962年9月)まで、およそ10か月もかかってしまった。そしてその回収作業自体が徹底したものではなかった。

レンツ警告後の患者数は、日本が世界で一番多い。

遅かった回収決定、進まぬ回収作業

日本におけるサリドマイド回収の決定(1962年9月)は、レンツ警告(1961年11月)の約10か月後のことであり、欧州各国に比べて大幅な遅れをとってしまった。

その上、サリドマイド製剤の回収措置は十分ではなく、薬局の店頭でその後も自由に入手できた。そこで、例えば北海道庁からは、同年末(1962年12月20日)になって回収をうながす通達が改めて出されたほどであった。(藤木&木田,梶井証言p.131)

そうした状況の中で、全てのサリドマイド製剤の回収作業が完全に終わったのは、1963年半ばから末ごろとする報告もある。(栢森1997,p.9)

さらに、『サリドマイド』1971の編者である増山元三郎(東京理科大学教授)は、同書の中で次のように述べている。

「すべての患者の手から回収した様子はないし、私の調べた三つの病院に1971年現在もサリドマイドは残っていた」。(増山編1971,増山p.46)

レンツ警告後の患者数は、日本が世界で一番多い

胎児(胎芽)がサリドマイドの影響を受けてから生まれるまで、最大で約8か月である。

そこでもし仮に、サリドマイドの全面回収が、レンツ警告(1961年11月)が出された年の間に完了したとするならば、1962年に入ってから妊婦がサリドマイドを服用する機会は無かったことになる。

その結果として、1962年9月以降サリドマイド胎芽症が発症することはなかったと考えられる。

ところが、梶井データ(日本人データ)では、1962年9月以降の発症数(死産を含む)の割合は全体の約43.9%にもなっている。

また、栢森によれば、日本では「1962年9月以降に生まれたサリドマイド児が100名ほど」いるという。認定患者309名に対して約1/3に当たる人数である。(栢森1997,p.42)

梶井データによれば、その中でも特に、1962年9~12月(4か月ごと集計)生まれの被害児が最も多くなっている。つまり、1962年1~4月(あるいは5月の出荷中止)にかけて、最も多くのサリドマイドが服用されたことを示している。⇒(4.3 日本におけるサリドマイド被害児数)

回収決定の遅れは致命的であった。そして、実際の回収作業が遅れたことも被害をさらに継続させた。

レンツ警告後の患者数は、日本が一番多い。回避できたはずの症例がそれだけ多かったということになる。

生まれたはずの症例

日本では生存率が低い

サリドマイド胎芽症の生存率は、レンツ文献(栢森1997,p.41)では約60%としている。それに対して、日本先天異常学会のデータ(森山報告)では、各年ごとの生存率は20%前後となっている。

さらに、日本におけるサリドマイド胎芽症の発症数(死亡例を含む)は、「各国のサリドマイド被害発生状況」(高野1981,p.125)によれば、約1,200名である。それに対して、日本の認定患者数(生存者)は309名である。

したがって、日本における生存率は309/約1200=約25%ということになる。日本先天異常学会のデータ(生存率20%前後)同様、日本での生存率は諸外国と比べて異常に低いと言えるだろう。

佐藤嗣道(自身もサリドマイド被害者)は、生まれたはずの患者が「死産扱いとして処置」されたケースがあることを指摘している。痛ましいことである。(ビジランス1999,佐藤p.39)

日本では軽症例が多い(下肢低形成者が少ない)

日本では下肢に関する症例が極めて少ない、逆に言うと、比較的軽症例が多いとされている。

『サリドマイド胎芽病診療 Q&A』(2014年)では、上肢低形成型のうち下肢低形成合併例が3名あり、「うち1名が重度低形成で移動には車椅子が必要」としている。つまり、下肢に障害があるのは309例中3例のみと読み取れる。

ただし、諸外国(ドイツ、英国)でも下肢よりも上肢が優位に侵される傾向にあるのは事実である(上肢優位性がある)。

『診療ガイド2017』では、日本の下肢低形成者数を3名(2014年のQ&A)から2名に修正している。その上で、特に日本で下肢低形成者が少ないのはなぜなのか、その原因を探っている。(以下全て引用、適宜改行有り)

日本における下肢低形成者はわずか2/309例(1%以下)である。ドイツの胎芽症者2,397人のうち下肢低形成者は約150人(6%)である。英国では胎芽症467人のうち65人(14%)くらいである。

なぜ日本で下肢低形成者が少ないかが不詳である。「抗つわり」薬あるいは睡眠薬に対する、文化として服薬習慣が影響している可能性がある。

日本では睡眠薬としてせいぜい1錠(25mg)を短期間服用したかもしれない。このような服薬習慣、つまり欧州と比べてサリドマイド服薬量が少なかったことが、上肢低形成に限局し、下肢にまで低形成が及ばなかった可能性も考えられる。

上記理由は、極めて曖昧である。

日本と比べて下肢低形成者の多い諸外国において、下肢低形成者ではサリドマイドの服用期間が長い、あるいは服用量が多いといった確かなデータはあるのだろうか。

それにつけても、森山報告(日本先天異常学会のアンケート調査(936例))に引き続いて、個別の患者ごとの詳しい調査が行われなかったことが惜しまれる。

あるいは、梶井データの中に何か手掛かりは残されていないのだろうか。とは言うものの、梶井データ(原本)がどのような形で残されているのか、私はその全容については何も知らない。

参考

  • 主に手に障害がある人246人、主に聴覚に障害がある人82人、重複している人19人。(いしずえ公式Web)
    (ただし次のような計算になる:上肢246-19=227、聴器82-19=63、混合19、全体246+82-19=309)
  • 上肢低形成群233名、聴器低形成型56名、混合型20名。(診療Q&A、栢森2013:原図表記のママ)
  • 上肢低形成群230人、聴器低形成群59人、混合群20人。(診療ガイド2017,p.13、同2020,p.24)
  • 上肢低形成群227人、聴器低形成群63人、混合群19人。(栢森2021,p.207)

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関連URL及び電子書籍(アマゾンKindle版)

1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
サリドマイド事件のあらまし(概要)
上記まとめ記事から各詳細ページにリンクを張っています。
(現在の詳細ページ数、20数ページ)

2)サリドマイド事件に関する全ページをまとめて電子出版しています。(アマゾンKindle版)
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2022年03月10日(第6版発行)
2023年02月20日(第7版発行)、最新刷(2023/02/25)

本書は、『サリドマイド胎芽症診療ガイド2017』で参考書籍の一つに挙げられています。

Web管理人

山本明正(やまもと あきまさ)

1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2023年1月(令和5)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)