日本の薬害・公害(Akimasa Net)

薬害防止のために薬剤師のやるべきことは

「 サリドマイド 」 一覧

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サリドマイド事件(参考文献一覧)

2018/06/10   -サリドマイド

サリドマイド事件(参考文献一覧) 以下にて、参考とした資料を示す。(ほぼ年代順) なお、ごく一部、本文で引用していない資料を含んでいる。 Florence A.L.(1960): Is thalido …

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サリドマイド事件(年表)

2018/06/10   -サリドマイド

サリドマイドの誕生 1954年5月、コンテルガン特許出願(西ドイツ) 1956年11月、イソミン特許出願(日本) 1957年3月ごろ、臨床試験開始(イソミン) 8月16日、製造販売許可申請(イソミン) …

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サリドマイドの復権 ― サレドカプセル(日本の場合)

2018/06/10   -サリドマイド

サリドマイドの復権(”悪魔の薬”から”福音の薬”へ) 1964年(昭和39)、全くの偶然からエルサレム・ハンセン病病院(ヤコブ・シェスキン院長)で、サリ …

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サリドマイド訴訟(因果関係・責任論・損害)

2018/06/10   -サリドマイド

サリドマイド裁判の過程で問題となった三点 1971年2月18日(昭和46)、東京地裁で第1回口頭弁論が開かれ、直ちに証拠調べに入った。証人尋問が始まったのである。以来月平均2回弱のペースで、丸1日を全 …

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サリドマイド事件(日本でも民事訴訟始まる)

2018/06/10   -サリドマイド

日本のサリドマイド裁判(民事訴訟)の成り行き サリドマイド児の父母たちは、1962年(昭和37)になってサリドマイド禍の原因追究運動を始めた。法務省や厚生省を訪ねたり、大日本製薬(株)に抗議を申し込む …

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ケルシー博士(米国FDA)の活躍

2018/06/10   -サリドマイド

サリドマイドは米国では発売されなかった サリドマイドは、米国ではついに発売されることはなかった。FDA(米国食品医薬品局)のフランシス・ケルシー博士が、米国メレル社の発売申請に待ったをかけ続けたためで …

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サリドマイド事件(回避できたはずの症例、生まれたはずの症例)

2018/06/10   -サリドマイド

レンツ警告後の患者数は、日本が世界で一番多い 胎児(胎芽)がサリドマイドの影響を受けてから生まれるまで、最大で約8か月である。そこでもし仮に、サリドマイドの全面回収が、レンツ警告(1961年11月)が …

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サリドマイド事件(疑わしきは直ちに「回収」すべきであった)

2018/06/10   -サリドマイド

素早い回収こそ最善の策である レンツ警告後の患者数は、日本が世界で一番多い。 津田敏秀(岡山大学教授)は、サリドマイド事件に関して「疑わしきは直ちに回収」すべきであったとしている。 「「(誤って)回収 …

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サリドマイドによる被害調査(厚生省、森山豊東大教授に依頼)

2018/06/10   -サリドマイド

森山調査には二種類ある 厚生省は、1962年9月14日(昭和37)、森山豊(東京大学医学部附属病院分院産婦人科)教授に、サリドマイドによる被害調査を依頼した。大日本製薬(株)がサリドマイド製剤の販売中 …

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日本にもサリドマイド児・梶井正博士(読売新聞スクープ)

2018/06/10   -サリドマイド

日本国内で、サリドマイド児の存在を初めて明らかにしたのは、梶井正博士(北大小児科講師)である。 そのことを伝える新聞記事が出た後、大日本製薬(株)は、やっとサリドマイド製剤の販売中止及び回収を決定(1 …