サリドマイド事件

レンツ警告(1961年11月)を受けて欧州各国は速やかに対応した。少なくとも同年12月末までには製品の回収を終了したものと思われる。

それに対して日本では、レンツ警告が出されてから販売中止(回収)決定(1962年9月)まで ...

サリドマイド事件

グリュネンタール社(コンテルガン製造販売会社)は、2012年8月31日(平成24)、事件発生から50年を経て初めて謝罪の意を表明した。つまり、同社自身はそれまで責任を認めてはいなかったのである。

とはいえ同社は、レンツ警告 ...

サリドマイド事件

厚生省は、大日本製薬(株)がイソミン/プロバンMの販売中止(そして回収)を決定した翌日になって、初めてサリドマイドによる被害調査を開始した。そして、森山豊(東大分院産婦人科教授)による「日本先天異常学会のアンケート調査(936症例)」 ...

サリドマイド事件

日本国内で、サリドマイド児の存在を初めて明らかにしたのは、梶井正博士(北海道大学医学部)である。

梶井データを伝える読売新聞スクープ「日本にも睡眠薬の脅威」(1962年8月28日付け)によって、日本国内のサリドマイド問題は ...

サリドマイド事件

日本国内で、大日本製薬(株)がサリドマイド製剤の出荷中止(1962年5月)を決めた時、既にレンツ警告(1961年11月)から約半年が経過していた。

この出荷中止決定を伝えたのが、朝日新聞夕刊スクープである。

と ...

サリドマイド事件

レンツ警告(1961年11月)後、欧州各国では直ちにサリドマイドの回収が行われた。1961年末までには回収作業は終了したものと思われる。これに対して、日本国内の動きは非常に緩慢かつ信じられないものであった。

製薬メーカー、厚生省 ...

サリドマイド事件

レンツ警告(1961年11月)に先立つこと数か月前までに、日本国内では、東京都立築地産院においてサリドマイドの催奇形性を疑う症例が2年間で3例発生していた。

そして、その事実はメーカーにも報告されたという。しかし、国・製薬 ...

サリドマイド事件

イソミンとプロバンM(さらにプロバンMB)

大日本製薬(株)は、1958年1月20日(昭和33)、睡眠・鎮静剤「イソミン」(単剤)を発売した。

そして、1960年8月22日(昭和35)には、少量のサリドマイドを含む胃腸薬「プ ...

サリドマイド事件

レンツ警告とは、「サリドマイド(商品名:コンテルガン)が、1960年代初頭に西ドイツ(当時)で多発していた新たな奇形の原因である可能性が極めて高く、したがって、直ちに全製品を回収すべきである」としたレンツ博士(西ドイツ)による警告であ ...

サリドマイド事件

睡眠・鎮静剤「コンテルガン」(西ドイツ)コンテルガンの製造販売元グリュネンタール社

サリドマイドは、最初、チバ製薬(スイス)でグルタミン酸誘導体として製造(1953年)された。しかし、薬理作用がないということで開発は中止されていた。(以 ...