サリドマイド事件(年表)
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サリドマイドの誕生
- 1954年5月、コンテルガン特許出願(西ドイツ)
- 1956年11月、イソミン特許出願(日本)
- 1957年3月ごろ、臨床試験開始(イソミン)
- 8月16日、製造販売許可申請(イソミン)
- 8月21日、厚生省受理(イソミン)
- 9月2日、新医薬品調査会の開催通知発送(イソミン)
- 9月9日、同調査会開催(イソミン)
- 10月1日、コンテルガン発売(西ドイツ)
- 10月12日、製造販売許可(イソミン)
- 1958年1月20日、イソミン発売(日本)
- 5月、大日本製薬(株)、グリュネンタール社と技術援助契約の作業開始(同年秋、技術援助契約成立)
- 1960年5月10日、大日本製薬(株)、グリュネンタール社と技術提携
- 8月22日、プロバンM発売(イソミン少量と抗コリン薬の合剤、胃腸薬)
- 1962年7月7日、プロバンMB発売(イソミンの替わりにブロモバレリル尿素配合)
レンツ警告
- 1958年、レンツ博士自身初めてのフォコメリア患者を診察
- 1961年6月5日、レンツ博士のもとに奇形の一症例がもたらされる
- 6月22日、息子、姪がともにフォコメリアという青年弁護士から相談を受ける
- 11月9日、レンツ博士、本格的な調査開始
- 11月11~12日、母親がコンテルガンを服用したことが確実な症例が複数例集まる
- 11月13日、コンテルガンと奇形との間に因果関係があるとの仮説を立てる
- 11月13~15日、医薬品名にコンテルガンを含めた質問用紙を使用する
- 11月15日(レンツ警告)、サリドマイド製造元のグリュネンタール社へ電話をする
- 11月18日、小児科学会において、ある"特別な薬"が奇形の原因となっているのではないか、と示唆する(コンテルガン明示せず)
- 11月20日、グリュネンタール社の代表の訪問を受ける
- 11月24日、内務省、グリュネンタール社及びレンツ博士の三者会談
- 11月25日、UPI通信の誤報(コンテルガンの販売中止決定)
同日、グリュネンタール社、コンテルガンの販売中止(回収)を決定した可能性有り - 11月26日、西ドイツの新聞に特ダネが掲載される
- 11月27日、あるいは28日までに西ドイツでの回収作業完了
- 11月30日、専門家委員会が開かれる(デュッセルドルフ)
レンツ警告、日本にも届く
- 1961年12月4日、グリュネンタール社の勧告が大日本製薬(株)に届く
- 12月6日、大日本製薬(株)、厚生省と協議の結果、販売続行を決定
- 12月8日、大日本製薬(株)、小山良修教授(東京女子医大)に動物実験委託
- 1962年1月12日、大日本製薬(株)、学術課長を西ドイツに派遣
- 1月30日、同課長帰国、その後厚生省に報告(2月6日)
- 2月21日、厚生省、サリドマイド剤「パングル」(亜細亜製薬)販売許可
- 4月8日、大日本製薬(株)、西村秀雄教授(京都大学医学部)に動物実験委託
- 5月1日、厚生省、サリドマイド剤「ネルトン」(柏製薬)販売許可
- 5月17日、自主的に出荷中止/イソミンとプロバンM(朝日新聞夕刊のスクープ)
- 5月18日、イソミン問題の背景(朝日新聞の続報)
- 5月25日、国内ではまだ患者についての報告が一件もない(厚生省通達)
薬局では妊婦には売らないように(同上通達) - 1962年6月末、梶井正講師(北海道大学小児科学教室)、ランセット投稿論文脱稿
- 7月21日、ランセット投稿論文掲載
- 8月26日、梶井正講師、北海道の小児科学会地方会で発表
- 8月28日、日本にも睡眠薬の脅威(読売新聞のスクープ)
- 9月13日、大日本製薬(株)、販売中止(回収)に踏み切る
- 9月14日、厚生省、森山豊東大教授に調査を依頼する
- 1963年5月、厚生省製薬課長、西ドイツにてレンツ博士に面会
- 1964年7月、森山豊東大教授の調査結果発表
ケルシー博士の活躍
- 1960年8月1日、ケルシー博士、FDAで勤務開始(新薬部門の医務官)
- 9月8日、米国メレル社、FDAにサリドマイド(商品名:ケバドン)の発売申請
- 1961年11月15日、レンツ警告(レンツ博士がグリュネンタール社へ電話)
- 1962年8月3日、米国メレル社、FDAへの承認申請取り下げ
- 8月4日、ケルシー博士に大統領勲章授与
- 10月、キーフォーヴァー・ハリス医薬品改正法成立
サリドマイド裁判
- 1962年末、被害者家族、広島・京都などでイソミンの販売と製造許可に関し、人権侵害として地方法務局に訴える
- 1963年3月12日、被害者家族が製薬会社へ補償を直接要求、会社は拒否する
- 5月13日、法務省人権擁護局、被害者家族の申し立てに対し、人権侵害の事実なしと結論
- 6月28日、被害者家族から、大日本製薬(株)に対する損害賠償請求訴訟を名古屋地裁に提訴
- 1964年12月17日、被害者家族から、大日本製薬(株)と国に対する損害賠償請求訴訟を京都地裁に提訴
- 1966年12月7日、被害者家族から、大日本製薬(株)を薬事法違反及び業務上過失致死傷害罪で京都地検に告発(中森黎悟さん)
- 1967年8月14日、京都地検、大日本製薬(株)に不起訴処分を決定する
- 1969年2月15日、中森さん、検察審査会に申し立て
- 7月15日、京都検察審査会、京都地検の不起訴処分を不当と結論
- 1970年8月15日、京都地検、再調査でも不起訴と決定、担当検事は翌日和歌山地検へ転出
- 1965年4月、「こどもたちの未来をひらく父母の会」から、自由人権協会に対し救済申し入れ、自由人権協会所属の弁護士が中心となり、弁護団を編成
- 11月10日、レンツ博士初来日、国際小児科学会(東京)で講演「妊娠中の薬物投与による奇形」、来日中に多数の被害児を診察する
- 11月13日、患者家族から、大日本製薬(株)及びセイセー薬品工業(株)と国に対する損害賠償請求を東京地裁に提訴
- 1968年2月、イギリスのディスティラーズ社、和解金支払い
- 1969年11月3日、スウェーデンのアストラ社、年金支給
- 1970年4月10日、西ドイツのグリュネンタール社及び政府、和解金支払い
- 1970年12月18日、西ドイツ・アーヘン地裁、サリドマイド刑事事件訴訟打ち切り決定
- 1971年1月8日、大日本製薬(株)の宮武徳次郎社長、突然和解の意向を表明
- 2月18日、第1回口頭弁論が開かれる(東京地裁)
- 同日、飯田進(こどもたちの未来をひらく父母の会理事長)
サリドマイド禍の実情と低福祉の実態について証言 - 2月23日、松永英(国立遺伝学研究所人類遺伝部長)
遺伝疫学の立場からサリドマイド原因説を肯定する証言 - 3月2日、増山元三郎(東京理科大学教授)
医療統計学の立場からサリドマイド原因説を肯定する証言 - 3月23日、吉村功(名古屋大学助教授)
推計学の立場からサリドマイド原因説を肯定する証言 - 4月27日、木田盈四郎(帝京大学講師)
先天奇形専攻の小児科学者の立場から、原告被害児がサリドマイド症候群の症状に合致すると証言 - 6月24日、有馬正高(鳥取大学教授)
サリドマイド胎芽病確立の学問的過程を証言 - 10月4日、梶井正(ジュネーブ大学助教授)
わが国のサリドマイド被害児の出生と原因究明について証言(8日まで) - 11月2日、レンツ(ウェストファーリア大学正教授)
西ドイツにおける被害児の出生と原因究明について証言(24日まで) - 11月21日、全国サリドマイド訴訟統一原告団結成
- 1973年3月22日、一番ヶ瀬康子(日本女子大学教授)
被害児及び家族の損害について証言 - 10月17日、ティエルシュ(ワシントン州立大学)
サリドマイド開発時における薬物の催奇形性の学問水準について証言
- 1973年12月14日、被告側「因果関係と責任を争うことをやめる」旨声明
原告側に正式に和解申し入れ - 1974年10月13日、原告・被告双方の間で和解確認書に調印
東京地裁で和解成立(10月26日)、その後、東京以外の全国7地裁でも順次和解成立(11月20日まで) - 12月7日、財団法人「いしずえ」設立許可
サリドマイドの復権と今後の研究課題
- 1964年、サリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(結節性紅斑)に劇的に効くことが確かめられた
- 1998年7月16日、FDA(米国食品医薬品局)、サリドマイドをハンセン病に伴う皮膚炎(結節性紅斑)の治療薬として販売許可
- 2009年2月、日本でもサリドマイド製剤の販売再開(サレドカプセル)
- 2010年3月8日、サリドマイド催奇性における主要な原因標的タンパク質を同定
- 2016年9月8日、レナリドミド(サリドマイド誘導体)による抗炎症作用のメカニズムを解明することに成功
- 2018年2月20日、サリドマイドの催奇形性問題を分子レベルで解明
- 2019年10月8日、サリドマイドが手足や耳に奇形を引き起こすメカニズムを解明
注)いしずえ1984(年表)などを参考にした。
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1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
⇒サリドマイド事件のあらまし(概要)
上記まとめ記事から各詳細ページにリンクを張っています。
(現在の詳細ページ数、20数ページ)2)サリドマイド事件に関する全ページをまとめて電子出版しています。(アマゾンKindle版)
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世界最大の薬害 日本の場合はどうだったのか(図表も入っています)
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2015年3月21日(電子書籍:Amazon Kindle版)
2016年11月5日(第2版発行)
2019年10月12日(第3版発行)
2020年05月20日(第4版発行)
2021年08月25日(第5版発行)
2022年03月10日(第6版発行)、最新刷(2022/05/03)本書は、『サリドマイド胎芽症診療ガイド2017』で参考書籍の一つに挙げられています。
Web管理人
山本明正(やまもと あきまさ)
1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2022年4月(令和4)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)