消失速度定数(ke)と血中濃度半減期(T1/2)⇔ 消失半減期(生物学的半減期)

2023年6月23日

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(2023年)7月2日16:00(日)~7月7日15:59(金)

コンパートメントモデルとは

薬物動態学は、生体内の薬物の動き(吸収、分布、代謝そして排泄)を、主として薬物血中濃度の時間的推移から見ていく学問である。

薬物動態学では、多くの場合、体全体を血液で満たされた一つの箱(コンパートメント)と見なし、そのコンパートメント(血液中)での薬物の出入りを経時的に捉える手法が用いられる。これを1コンパートメントモデルという。

この最も単純化された1コンパートメントモデルに対して、2コンパートメントモデルも考えられている。2コンパートメントモデルでは、血液中とそれ以外(組織)の2つのコンパートメントを設定する。そして、血液中の薬物は、組織内の薬物と平衡関係を保ちながら時間とともに消失していくと考える。

そのほか、3コンパートメントモデルも考えられるし、場合によっては、ノンコンパートメントモデルが適用されることもある。

山村重雄ほか『添付文書がちゃんと読める薬物動態学』じほう(2016/3/25)

福岡憲泰『塩とメダカとくすりのうごき。』南山堂(2022/7/29)

消失速度定数(Ke)は、薬物がコンパートメントから出ていく速さの程度を示す

薬物動態学では、一次消失過程を前提としている。
つまり、体内の薬物は血中濃度に比例して、一定の速度で消失していくと考える。

消失速度定数(Ke):

-dC/dt = ke (消失速度定数)× C(血中濃度)

血中濃度の時間的変化「-dC/dt」(微細な時間ごとの変化)は、上の式で表される。
つまり、消失速度は、血中濃度(C:濃度)に比例しており、その時の定数が「ke:消失速度定数」である。

  • 消失速度定数が大きければ、薬物は血液中から速く消失する。
    消失速度定数が小さければ、ゆっくり消失する。
  • 薬物の濃度が高いと血中濃度は早く低下し、濃度が低いとゆっくり低下する。

一次反応(消失)速度:

消失速度定数とは、「単位時間あたりに除去される容積の総容量に対する割合」(福岡2022,p.28)」である。

一次消失過程のモデルとして、次のようなコンパートメントを考えてみる。(同上,pp.8-12)
コンパートメントの全量は「10L」(薬物量100)で、毎分「2L」が流出し、新たに同じ量「2L」(ただし、薬物は含まない)が流入する。
つまり、流量は「2L/min」である。
このとき、消失速度定数(ke)=0.2/min (=2L/10L/min)として、簡単に求められる。

流入開始前の薬物量100は、時間の経過とともに、以下のように減少していく。
なお、ここでは簡便のため、時間間隔を1分ごとに区切って考える。
つまり、1分ごとに、薬物を含んだ一定量の溶液(全量の1/5)が流出する代わりに、薬物を含まない同量の溶液が流入して速やかに混ざり合うものとする。
(原本では、残量薬物をメダカの匹数で表すというユニークな表現方法を取っており、端数はなく全て整数となっている)

流入開始前:      薬物量100
流入開始後1分:薬物量100×(1-0.2)⇒80
流入開始後2分:薬物量100×(1-0.2)^2⇒64
流入開始後3分:薬物量100×(1-0.2)^3⇒51.2
流入開始後4分:薬物量100×(1-0.2)^4⇒41.0
流入開始後5分:薬物量100×(1-0.2)^5⇒32.8
流入開始後6分:薬物量100×(1-0.2)^6⇒26.2
流入開始後7分:薬物量100×(1-0.2)^7⇒21.0
流入開始後8分:薬物量100×(1-0.2)^8⇒16.8
流入開始後9分:薬物量100×(1-0.2)^9⇒13.4
流入開始後10分:薬物量100×(1-0.2)^10⇒10.7

ここで、「区切る時間間隔を短くし、時間間隔が0になったとき(本来の一次消失)が、残数=100×e-0.2tとなります。この定数0.2(/min)が「消失速度定数」にあたります」。(同上,p.11)
ちなみに、e:自然対数の底であり、2.71828である。

血中濃度半減期(T1/2)とは、血中濃度が半分ずつ減っていく時間を示す

血中濃度半減期(T1/2)とは、薬物血中濃度が半分になる時間(消失半減期)のことをいう。
また、これを生物学的半減期とも言う。

なお、添付文書(あるいはインタビュフォーム)では、一般的に血中濃度半減期(T1/2)の方が消失速度定数(Ke)よりも多用されているように思われる。
実際、血中濃度半減期(T1/2)の方が、イメージとして分かりやすい薬物動態パラメータであるとは言えるものの、用語選択の基準についてはよく分からない。

さて、一次消失過程を前提とした場合、「血中濃度が半分になるまでの時間(T1/2)はどの時点を取っても変わらない」。(山村ほか,p.47)
つまり、血中濃度の高低や測定ポイントには関係なく同じ値となる。

参考)リスパダール錠(リスペリドン)「健康成人にリスペリドンを単回経口投与した場合の血中濃度パラメータ」には消失速度定数の記載有り。(同上,p.40)

血中濃度半減期(T1/2):

血中濃度半減期(T1/2)と消失速度定数(Ke)の間には、下記の式が成り立つ。

T1/2 = 0.693/ke

「どうして生物学的半減期は「0.693÷消失速度定数」なのか?」(山村ほか,p.49)
-dC/dt = ke (消失速度定数)× C(血中濃度)・・・前述
これを変数分離し、両辺を積分して求める。

血中濃度半減期(T1/2)と投与間隔の関係を考える

血中濃度半減期(T1/2)と投与間隔の関係から、薬物の血中濃度推移を予測することが可能である。

Ritshel(リッチェル)理論によると、「投与間隔/半減期」比と定常状態の関係は次のようになる。(実践薬学2017,p.15)

  • 投与間隔/半減期、3以下ならば ⇒ 半減期(時間)×4~5で定常状態になる
  • 投与間隔/半減期、4以上ならば ⇒ 定常状態にならない

つまり、血中濃度半減期に対して、投与間隔が相対的に短ければ、定常状態に達することになる。
逆に、血中濃度半減期に対して、投与間隔が相対的に長ければ、定常状態になることはない。

そして、定常状態に達した後は、血中濃度は一定の範囲で上下するため、日内変動は非常に小さくなる。

血中濃度半減期(T1/2)の短い薬物は蓄積しにくい

血中濃度半減期(T1/2)の短い薬物の場合、初回投与後に血中濃度が最高に達すると、その後直ちに下降し始める。
この場合、適度な投与間隔があれば薬物が蓄積することは無い。

例えば、ブルフェン錠(イブプロフェン)の場合、1日3回8時間ごと投与として、初回投与約2時間で最高血中濃度に達し、その後約2時間ごと(T1/2:1.8時間)に血中濃度は半分ずつ低下する。

したがって、次回投与時(初回投与から8時間後)、つまり最高血中濃度到達の6時間後には、血中濃度は1/8(=1/2×1/2×1/2)まで低下していると考えられる。

分布容積や体重を考慮してシミュレーションした結果でも蓄積傾向は見られない。(山村ほか,p.53)

Ritshel理論に当てはめると、投与間隔/半減期(8/1.8)= 4.4 > 4となっている。

血中濃度半減期(T1/2)の長い薬物は蓄積しやすい

血中濃度半減期(T1/2)の長い薬物の場合、T1/2の4~5倍の時間をかけて定常状態になる。

例えば、テオフィリン徐放錠(テオフィリン)を1日2回12時間ごとに投与する場合、T1/2が約12時間として、定常状態に達するまでには2~3日(12時間×4~5)かかる。

服薬指導の一例:「数日後には効果が感じられるようになりますよ」。(山村ほか,pp.54-55)

Ritshel理論に当てはめると、投与間隔/半減期(12/12)= 1 < 3となっている。

ほかの例として、例えばジゴシン錠(ジゴキシン)の場合、血中濃度半減期(T1/2)は約40時間と非常に長くなっている。
定常状態になるまでには、7~8日(40時間×4~5)かかると予想される。(山村ほかpp.55-57)

血中濃度半減期が非常に長い場合、定常状態になるまで血中濃度は上昇し続ける。
副作用に気をつける。

血中濃度半減期(T1/2)と効果持続時間の関係を考える

血中濃度半減期が長いと効果が長く続く

ジスロマックSR成人用ドライシロップ(アジスロマイシン)、(山村ほか,p.58)

消失半減期(T1/2)66時間
分布容積30L/kg ⇒ 1,800L(体重60kgとして)
外国人データ(健康成人)1g 静脈内投与(n=6):30.1±5.2L/kg
(インタビューフォームより)

ジスロマックの分布容積は、生体内の水分量よりもはるかに大きくなっている。
このことから、ジスロマックは非常に組織移行性が高く、血液中にはあまり存在しないタイプの薬物であると考えられる。

ジスロマックSR成人用ドライシロップは、血液中からの消失が遅く(T1/2、66時間)、3日間服用すれば1週間有効性を発揮する薬剤として使用されている。注:「本剤は、食後2時間以上の空腹時に服用する。服用後は、次の食事を2時間以上控えること」。(ジスロマック錠では食事の影響無しとしている)

注:血中濃度半減期が長ければ効果も長く続くとばかりは言えない。
例えばカルシウム拮抗薬では、血中濃度の変化だけでなく、受容体との結合状態によって薬効が変化する。(山村ほか,pp.145-152)

血中濃度が1/10以下になるには、血中濃度半減期の4~5倍の時間がかかる

薬物投与を中止してから、血中濃度が1/10以下になるまでには、血中濃度半減期(T1/2)の4~5倍かかる。

  • 半減期の4倍とした場合:元の血中濃度×1/2×1/2×1/2×1/2=1/16(元の血中濃度の6.25%)
  • 半減期の5倍とした場合:元の血中濃度×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2=1/32(元の血中濃度の3.13%)

アンカロン錠(アミオダロン)の血中濃度半減期は極めて長い

アンカロン錠(アミオダロン)を単回投与した場合の血中濃度半減期(T1/2)は13.4時間である。

ところが、アンカロン錠を反復投与した場合、血中濃度半減期(T1/2)は30日にもなる。

分布(参考)外国人による成績:
血漿からの消失半減期は、19~53日と極めて長かった。これは deep stock compartment である脂肪からの緩慢な消失による。脂肪の他に、肝及び肺に高く分布し、脳への移行は低かった。(アンカロン錠添付文書)

アンカロンインタビューフォームでは、「投与中止後の血漿からの消失は緩慢でその半減期は平均30.9日であった」としている。さらに、「分布容積(外国人データ)<参考>106±38L/kg(急速静脈注射時)」とも記載されている。

アンカロン錠を継続して服用した場合、投与を中止したとしても、その影響は30日×4~5 ⇒ 数か月間残り続けることになる。

アンカロン錠の添付文書では、副作用に関する注意として次のように記載している。

アンカロン錠100(アミオダロン):

本剤を長期間投与した際、本剤の血漿からの消失半減期は19~53日と極めて長く、投与を中止した後も本剤が血漿中及び脂肪に長期間存在するため、副作用発現により投与中止、あるいは減量しても副作用はすぐには消失しない場合があるので注意

高齢者では、血中濃度半減期(T1/2)は延びる傾向にあり、薬物が体内から消失するのに消失半減期の10倍かかる

高齢者で血中濃度半減期(T1/2)が長くなるような薬物では、長期投与をする場合、薬物の蓄積性に注意する必要がある。
思わぬ血中濃度の上昇で副作用が出やすくなるからである。(山村ほか,pp.60-61)

パキシル(パロキセチン)の血中濃度半減期(T1/2)は、健康高齢者の方が健康成人よりも延長していた。
なお、パキシルは分布容積の大きい薬物である。

  • 健康成人のT1/2:反復投与の初回時約10時間
  • 健康高齢者のT1/2:単回投与時約18時間

分布容積<外国人データ>
17.2±9.9L/kg(点滴静注時)

アムロジン錠(アムロジピン)の血中濃度半減期(T1/2)は、老年高血圧症患者の方が若年健常者よりも延長していた。

  • 若年健常者のT1/2:単回投与時約28時間、連続投与時約35時間
  • 老年高血圧症患者のT1/2:単回投与時約38時間、連続投与時約47時間

上記のRitshelによると、高齢者の場合、薬物が体内から消失するのに消失半減期の10倍かかるとしている。
もちろん、健康成人の場合には4~5倍であるから、2倍以上の時間がかかることになる。(実践薬学2017,p.17)

高齢者において、血中濃度半減期(T1/2)が延びる傾向がある上に、体内からの消失に時間がかかるとするならば、蓄積が懸念される。

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Web管理人

山本明正(やまもと あきまさ)

1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2023年1月(令和5)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)