サリドマイド製剤の催奇形性の強さ(コンテルガン、イソミンそしてプロバンM)
POD版、Kindle版共に、Web版よりもきちんとまとまっています。(図版も入っています)
Web版の方が分量の多い箇所も、一部あります。ただし、Web版は全て〈参考資料〉の位置付けです。このWebをご覧いただく際には、〈未完成原稿〉であることをご了解くださいますようお願いいたします。
ヒトのサリドマイドに対する感受性は極めて高い
ヒトのサリドマイドに対する感受性の強さについて、レンツ教授は次のように語っている。
「西ドイツでの調査によると、外観に異常がなくても、危険期に服用した母親から生まれた児には、必ず異常が発見できた」。(シェストレーム1973,増山:序に代えてp.8)
サリドマイドの感受性は種差が非常に大きい
「催奇形に必要なサリドマイドの最低量(mg/kg)」は、イヌ100、マウス31、ラット10、サル10に対して、ウサギ2.5、そしてヒト(0.5-1.0)mg/kgとなっている。(「PMDA サリドマイドの非臨床における概括評価書」より)
注)PMDA:独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
このデータを見ると、サリドマイドに対する感受性は種差が非常に大きく、特にヒトの感受性は極めて高いことが分かる。
「サリドマイドの毒性に対する感受性は動物によって大きく異なっていて、マウスなどの実験結果に基づいてその安全性を判断することが難しい物質であることが今では判明」している。(国医食衛研2015,p.8)
なお、サリドマイドの催奇形性を初めて証明した実験動物はウサギ(1962年)である。さらに、「アカゲザルを用いた実験でヒトとまったく同様の奇形が生ずること」(1964年)が報告された。
Somers GF:Lancet,2,912-913,1962.
Delahunt CS,and Lassen LJ:Science,146,1300-1305,1964.
(アニテックス1993,p.53)
1回2錠(サリドマイド50mg)で発症したケースが有る
上記のヒトにおける感受性の最低量(0.5-1.0mg/kg)は、体重50kgの成人に直すと、コンテルガンやイソミンの1錠(サリドマイド25mg含有)あるいは2錠(サリドマイド50mg相当)にちょうど当てはまる量となる。
実際の臨床例として、西ドイツでは、薬局で買い求めたコンテルガン(サリドマイド25mg錠)を1回2錠飲んだだけで発症したケースが紹介されている。(栢森2013,p.17)
日本でも、イソミン(サリドマイド25mg錠)を1回2錠その次に4錠と、1週間おきに2回服用(合計150mg)しただけで発症した実例がある。
この例では、日々の仕事に疲れて寝つきの悪かった妻が、夫の常備薬を服用したために障害児が生まれている。(平沢1965,p.19)
高橋晄正(東大医学部講師)は、「東京都立築地産院における妊娠中のイソミン投与114例」について、約10年後に改めて分析を行った。
そしてその結果、「(サリドマイドの)危険期を求めるなら最終月経の第1日から数えて36~44日」という結論を導き出した。⇒(高橋晄正(東大医学部講師)による処方分析)
その危険期にイソミンを投与された妊婦は3名おり、1日50mgの継続投与でいずれも奇形児を生じ、いずれも死産となっている。
また第4例として、44日目からサリドマイドを服用した可能性のある母親がいるが、正常児を生んでいる。
つまり、確実に薬を服薬したかどうか分からない例(1例)を除いた場合には、危険率100%(3例中3例とも発症)となる。
催奇形性の強さ(イソミンとプロバンMで違いはあったのだろうか)
イソミンとプロバンMは共に催奇形性を有していた
イソミン(サリドマイド25mg錠)とプロバンM(サリドマイド6mg含有の胃腸薬)は、共に催奇形性を有していたことは間違いない。
ただし、イソミンとプロバンMを比べた場合、両剤間で1錠当たりどの程度のリスク差があったのか確かなことは分からない。
なぜならば、プロバンMの売上高推移及びそれに伴う患者数の推移は公表されていないからである。
そうした中で、ごく一部の限られた範囲とはいえ、次のようなデータが有り参考となる。
つまり平沢によれば、「(サリドマイド児の父親である)中森さんが知っている京都のサリドマイド児は、(中略)7人いる。その過半数の4人は、母親がプロバンMをのんだために、奇形児がうまれた」という。(平沢1965,p.204)
平沢は、その結果について、「庶民にとっては、胃腸薬のほうが、睡眠薬よりもはるかに親しまれている。のむ機会も多い。それだけに被害も大きいのではないか」との見解を示している。
平沢の言うように、プロバンMの方が「のむ機会も多い」、つまりイソミンよりも服薬人数が多かったというのは事実であろうか。
以下にて、私なりに検討してみた。
1962年1月ごろ、イソミン・プロバンM共にその売上高はピークに達した
北海道における店頭販売量の調査結果から、「(サリドマイド製剤の)販売量は、1962年1月がピークだった」ことが分かっている。
なおこの調査では、イソミンを含む各メーカーの錠剤が対象となったものの、プロバンMはそこに含まれていない。(平沢1965,p.200)
そして大日本製薬(株)によると、「(プロバンMの売上高は)1961年の秋から1962年の冬にかけて、ピークに達した」という。(平沢1965,p.205)
以上から、1962年1月(昭和36)ごろ、全国的にみてもイソミン・プロバンM共にその売上高はピークに達したと考えてよいであろう。
1962年1月ごろ、イソミン・プロバンMの販売錠数はほぼ同じだった
サリドマイド裁判の証言で、イソミンの売上高は6~7千万円(一番多いとき)、プロバンMの売上高は1億円ちょっと越したぐらい(37年ごろ)とされている。(サリドマイド裁判1976,第4編,p.264)
これらの売上高(金額)を販売錠数に換算すると以下のようになる。
- イソミン売上高:7千万円(販売価格10円/錠)⇒販売錠数:7百万錠
- プロバンM売上高:1億円(販売価格14.3円/錠)⇒販売錠数:699万3千錠
つまり、イソミンとプロバンMは、同一時期(1962年1月ごろ)に売上高ピークとなり、その時のそれぞれの販売錠数はほぼ同じであったと推測される。
参考までに、「大日本製薬が公表したイソミン販売量と奇形児出生数」によれば、最盛期(1961年)のイソミン販売錠数は約3千万錠/年、つまり、750万錠/3か月となっている。
金額に直すと、7,500万円/3か月(1錠10円として)である。
したがって、上記裁判の証言によるイソミン売上高6~7千万円、プロバンM売上高1億円という数値は、四半期決算(3か月)のものと思われる。
1962年1月ごろ、イソミンの方がプロバンMよりも服薬人数が多かった
イソミンとプロバンMの用法・用量を比較すると以下のようになる。
- イソミンは睡眠薬としては1回2錠(サリドマイド50mg)服用したケースが多い。
- プロバンM(胃腸薬)の用法用量は不明だが、最大で1回2錠1日4回(サリドマイド48mg)服用した可能性もある。
注)2019年10月現在、薬価収載されているプロパンテリン臭化物錠の添付文書を見ると、「通常、成人には1回1錠(プロパンテリン臭化物として15mg)を1日3~4回経口投与する」となっている。
注)プロバンMの1錠中には、プロパンテリン臭化物7.5mgを含んでいた。
これをみると、服用方法によっては、1日当たりのサリドマイド量がイソミンとプロバンMでほぼ同じになる可能性もあったことが分かる。
ただしその場合、当然ながらプロバンMの服用錠数はイソミンの約4倍必要となる。
イソミンとプロバンMの一人当たり服用錠数を、イソミン:1日2錠、プロバンM:1日6~8錠と仮定してみよう。
つまり、プロバンMの一人当たり1日服用錠数を、イソミンの3~4倍としてみる。
イソミンとプロバンMの販売錠数(総数)は、1962年1月ごろ、ほぼ同数であった。
したがって、プロバンMを服用した人数(1日当たり)は、イソミンの1/3~1/4くらいだったことになる。
つまり、「のむ機会」が多かったのは、プロバンMではなくてイソミンの方であった。
平沢の見解「庶民にとっては、胃腸薬のほうが、睡眠薬よりもはるかに親しまれている。のむ機会も多い。それだけに被害も大きいのではないか」(前述)は、データに基づかないただ単なる憶測に過ぎなかったことがよく分かる。
1錠当たりの感受性の強さを比較検討することはできない
それではなぜ、京都の例のようにごく限られた範囲とはいえ、7人中4人がプロバンMというケースがあったのだろうか。
残念ながら、プロバンMの売上高推移及びそれに伴う患者数の推移が公表されていないため、これ以上イソミンの場合と比較検討することはできない。
プロバンMに関して、きちんとした調査がなされなかったことが悔やまれる。
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1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
⇒サリドマイド事件のあらまし(概要)
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Web管理人
山本明正(やまもと あきまさ)
1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2023年1月(令和5)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)