サリドマイド胎芽病と催奇形性
サリドマイド胎芽病とは、サリドマイドを妊娠初期の母親が服用することによって、胎児(正確には胎芽)に生じる障害(奇形)のことをいう。つまり、サリドマイドには催奇形性がある。
サリドマイドによる障害(奇形)は、四肢(特に上肢)、顔面(特に耳)そのほか全身に及ぶ。
なお、「サリドマイド胎芽症 診療ガイド2017」において、「サリドマイド胎芽病」は「サリドマイド胎芽症」と改称されている。
サリドマイドには催奇形性がある
サリドマイドは胎芽期に作用して奇形を生じる
サリドマイド胎芽病とは、サリドマイドを妊娠初期の母親が服用することによって、胎児(正確には胎芽)に生じる障害(奇形)のことをいう。つまり、サリドマイドには催奇形性がある。
妊娠中の母親が、胎芽期(胎児になる前の段階:週齢で3~7週)にサリドマイドを服用すると、種々の奇形を生じる可能性が極めて高い。つまり、サリドマイドによる奇形は妊娠初期(胎芽期)に限られる。
ここで週齢とは、最終月経開始日からの週数をいう。生理中は第ゼロ週となる。排卵日は、最終月経開始日から14日前後(一般的な月経周期28日前後)であり、第2週の初めとなる。その後、もし受精すれば、すぐに第3週である。
さて、サリドマイドによる障害(奇形)は、四肢(特に上肢)、顔面(特に耳)そのほか全身に及ぶ。
サリドマイド胎芽病の特徴としては、一般的には、四肢、特に上肢の低形成であるフォコメリアphocomelia(海豹肢症―あざらし肢症)がよく知られている。その一方で、難聴や外耳奇形を含む聴覚器に強い障害が出る場合がある。さらに、あまり知られていないが、障害は内臓まで及ぶことも見逃せない。
なお、「サリドマイド胎芽症 診療ガイド2017」において、「サリドマイド胎芽病」は「サリドマイド胎芽症」と改称されている。
胎芽の成長段階に応じて、薬に敏感な器官は異なっている
サリドマイドを妊婦が服用することによって生じる障害(奇形)は、いずれも妊娠初期(胎芽期)に限られている。
さらに細かくみると、胎芽の発達段階に応じてサリドマイドに敏感な器官は異なっている。つまり、サリドマイドを服用する時期の違いによって、奇形の種類(形)は異なってくる。
サリドマイド胎芽病による奇形には、一定の連続性(順序)がある。例えば、上肢・下肢では、形成不全(低形成)から部分欠損さらに完全欠損(無形成)へと変化していく。(栢森1997,p.147)
最終月経開始日から数えて、34~50日の間が危ない
ノバックとレンツは、最終月経開始日からの日数を基にして、サリドマイド胎芽病の所見ごとに、それらが発生しやすい時期(過敏期)について詳細な研究を行った。
その結果、妊婦のサリドマイド服用による障害は、最終月経初日から数えて34~50日の間に生じることが分かった。(増山編1971,木田p.138)
受精卵から着床まで:週齢で1~2週、胎芽期:週齢で3~7週、胎児期:それ以降8~38週。(最終月経開始日から14日後排卵、受精と仮定)
レンツの調査研究の成果は、木田監訳1981,p.281「サリドマイド服用の時期と奇形の種類の関係」にも記載されている。ここで、サリドマイド服用の時期とは、月経後の日数(最終月経第1日目から数えた日数)のことである。
月経後の日数と奇形(以下、木田監訳1981,p.281から引用)
- 35日・・・・・無耳症、顔面神経麻痺、眼筋麻痺
- 37日・・・・・異常のない橈骨と母指の欠損
- 38~40日・・・上肢の欠損またはほぼ完全な欠損
- 41~43日・・・鎖肛、腎奇形、膣閉鎖
- 43~45日・・・重症上肢奇形、心奇形、十二指腸閉鎖および狭窄
- 44~47日・・・重症下肢奇形、心奇形
- 47~48日・・・母指3指節、鎖肛
表の説明では、「日数は、個々の奇形症状に対する最も頻度の高い服用日をあげたものである。個々の症例は5日までの偏差があり、月経不順の場合にはこの偏差はさらに大きくなる」としている。注)橈骨(とうこつ)。
サリドマイドによる障害は、服用時期の早い順に、耳、腕そして脚の順番に生ずる
レンツによる「月経後の日数と奇形」の研究成果からも分かるように、「一般に耳の奇形は受胎してから早い時期に薬を投与されたときに起こり、腕の奇形は少し遅れて、脚の奇形はさらに遅い時期に起こることが知られている」。(増山編1971,木田p.137)
また、サリドマイドの影響は上下肢や耳だけではなく、そのほか眼科的な合併症や、口腔顔面領域における機能形態障害、あるいは、内臓(心臓奇形,無胆囊症,鎖肛など)まで及ぶ。重症度に応じて死亡率も高まるものと思われる。
いずれにせよ、これらの障害によってサリドマイド児のADL(日常生活機能)は制限され、また、社会的に不利な立場におかれやすくなる。障害者の「社会に参加する権利」を保証する「社会」の確立が望まれる。
全世界の発生数5,850名(死亡率40%)と推定される
サリドマイドの被害状況については、被害総数の中の生存者数及びその割合(生存率)、あるいは死産の数及びその割合(死亡率)の表記方法が資料によってまちまちとなっている。
また、それらの数値そのものが資料によって異なっている場合がある。したがって、取り扱いには注意が必要である。
栢森良二(帝京大学医学部)による発生数のまとめ
栢森良二は、サリドマイド児の発生数について、レンツ文献から紹介している。
それによると、西ドイツが最も多くて3,049症例、ついで日本309症例、英国201症例と続いており、私なりにそれらを合計すると4,165症例となる。(栢森1997,p.39)
そしてこの数値は、日本309症例とあることからも分かるように、生存被害児の数をまとめたもので間違いない。ただし、ここで取り上げているのは全部で19か国であり、全世界をカバーしたものではないと思われる。
栢森は、さらにサリドマイド胎芽病の死亡率について、レンツ文献から次のように引用している。「3,900症例が生存している。死亡率は40%程度と算出されることから、全世界の発生は5,850症例と考えられる」。(栢森1997,p.41)
そしてこの数値は、「サリドマイド胎芽病診療 Q&A」(2014,p.11)に記載された「全世界の発生は5,850名と推定」の数値と同じである。
注)4,165症例と3,900症例がどのような関係になるのか不明。
サリドマイドの障害は四肢の欠損と耳の障害に大別される
日本におけるサリドマイド被害者の障害の種類と内訳
日本の被害認定患者数(生存者数)は309人である。(サリドマイド福祉センター「いしずえ」所属)
「公益財団法人いしずえ」のホームページを確認(2014/05/17閲覧)すると、「サリドマイドと薬害」のページに、「日本におけるサリドマイド被害者の障害の種類と内訳」が示されている。
そこでは、「サリドマイド製剤による障害は主に四肢の欠損症と耳の障害です」とした上で、それぞれの障害の種類や障害の程度別の人数を一覧にしている。
私なりにそれをまとめると、主に手の障害246人(約3/4)、主に聴覚の障害82人(約1/4)、重複19人となっている。つまり重複例は少なく、手の障害と聴覚障害の二つのグループに大別されることが分かる。なお、総合計は、246+82-19=309(認定数309と一致)である。
注)いしずえ1984(p.58)の資料の一部を少し修正しているようである。
「サリドマイド胎芽病診療 Q&A」(2014,p.12)では、上肢低形成型233名、聴器低形成型56名、そして混合型20名としている。総合計は、233+56+20=309(認定数309と一致)である。
「診療Q&A」の数値の内訳は、いしずえホームページとは多少異なっている。2011年度以降、新たに実施した調査の結果、訂正(修正)したのであろう。なお同Q&Aによれば、2012年4月現在の生存者数は295名である。
また、「診療ガイド2017」では、以下のとおり、さらに多少数字が変更されている。
「サリドマイド胎芽症は身体的特徴によって2つのグループに分けられる。1つは上肢低形成群で 230/309(75%)人、聴器低形成群59/309(19%)人であり、2つのグループの混合群20/309(6%)になっている。つまり上肢低形成群が75%、聴器低形成群が25%ほどとみることができる」。(診療ガイド2017,p.13)
薬物などの催奇形性は世界的な常識であった
増山元三郎(東京理科大学教授)の見解
薬物などに催奇形性があることは、サリドマイド事件当時、既に世界的な常識であった。
例えば、増山元三郎は次のような事例を挙げている。(増山編1971,増山p.14)
(サリドマイド事件)当時既に堕胎剤に用いられるキニーネやアミノブテリン(ママ)の催奇形性が知られていたし、胎芽の発育期という点で、妊娠の初期の薬物投与が危険ということも、当時知られていたし、妊娠の初期に風疹にかかると、奇形児を生みやすいことも有名だった。
注)アミノプテリン(葉酸誘導体)
ところで、サリドマイド児が数多く生まれた背景として、例えば日本では、「イソミンは妊婦にも安全である」として宣伝されたことが挙げられる。ところが、イソミンの催奇形性試験は実施されてはいなかった。世界的に見ても、その当時、新薬の催奇形性試験が〈義務〉付けられていなかったことは確かである。
しかしながら、サリドマイドを妊婦にも安全だとして宣伝する(した)以上は、当時の世界的な学問水準に基いて、サリドマイド発売前の催奇形性試験は必須だったと言える。
なお、この事件を契機として、日本でも1965年5月(昭和40)、厚生省通達(薬製第125号通達)によって新薬に対する催奇形性試験の実施が義務付けられた。
臨床薬理学の世界的権威・ティエルシュ教授(ワシントン州立大学)の証言
日本のサリドマイド裁判では、海外から3人が証人(及び鑑定人)として出廷した。いずれも原告側であり、被告側の証人出廷は認められなかった。
原告側の3人とは、レンツ警告を発したレンツ博士(西ドイツ)、日本人のサリドマイド禍について最初に発表した梶井博士(出廷当時、ジュネーブ大学助教授)、そしてティエルシュ教授(米国)である。(藤木&木田1974,各人の証言,1971年と1973年)
ティエルシュ教授(ワシントン州立大学)は、臨床薬理学の世界的権威であった。教授は第二次大戦後、数多くの化学物質について、多様な実験動物及びヒトを対象とした研究で成果を上げていた。もちろん、催奇形性は主要な研究テーマの一つであった。数多くの化合物に催奇形性があることは、サリドマイド発売当時既に世界の常識であった。
妊婦には何も服薬させないのが当時からの常識だった
ティエルシュ教授は、裁判で次のように証言している。
「(サリドマイド発売までの時点において)産科、婦人科の教科書にも書いてあったことでありますが、妊娠期間中、特に最初の数ヵ月、三ヵ月ほどまでは、妊婦は何もとるべきでない、また、何もとることを勧告すべきでないというふうに言われておりました」。(ティエルシュ証言,p.195)
大日本製薬(株)は、「つわりも適応症だとパンフレットに書いていた」という(川俣2010,p.178)。もしそうであるならば、妊婦が服用しても催奇形性はないことを証明してから発売すべきであった。
ティエルシュ証言にあるように、当時既に、催奇形性のある化合物がいくつも知られていたからである。また、成人において安全とされた化合物が、全て胎児にも安全であるとは限らないからである。
化学構造式から催奇形性は予見できた
ティエルシュ教授は、裁判で次のようにも証言している。
サリドマイド奇形の話を初めて聞いた時、少しも驚かなかった。なぜならば、サリドマイドの化学構造式には「グルタミン酸とフタール酸塩を含んでいる」と教えられたからである。(ティエルシュ証言,p.190、「」内以外は要約)
ティエルシュ教授の研究対象の一つに、アミノプテリン(葉酸拮抗物質)がある。同薬剤の研究によって、ビタミンあるいは葉酸拮抗物質が、胎児に悪影響を及ぼす危険性があることが分かった。そして、アミノプテリンは、サリドマイドと同じくグルタミン酸誘導体である。
なお同教授は、グリュネンタール社の動物試験では安全性が完全に確立されていたとは言えないとしている。つまり、妊婦や胎児に対する影響が調査されていないことのほかに、慢性毒性試験が行われていないなど、いくつかの項目が抜け落ちていると指摘している。(ティエルシュ証言,pp.195-196)
参考URL
- サリドマイドの血管新生抑制作用と不斉合成
- サリドマイド事件(回避できたはずの症例、生まれたはずの症例)⇒「日本におけるサリドマイド被害者の出生年と男女別」(いしずえホームページ)データ有り
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1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
⇒サリドマイド事件のあらまし(概要)
上記まとめ記事から各詳細ページにリンクを張っています。
(現在の詳細ページ数、20数ページ)2)サリドマイド事件に関する全ページをまとめて電子出版しています。(アマゾンKindle版)
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2016年11月5日(第2版発行)
2019年10月12日(第3版発行)
2020年05月20日(第4版発行)
2021年08月25日(第5版発行)
2022年03月10日(第6版発行)
2023年02月20日(第7版発行)、最新刷(2023/02/25)本書は、『サリドマイド胎芽症診療ガイド2017』で参考書籍の一つに挙げられています。
Web管理人
山本明正(やまもと あきまさ)
1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2023年1月(令和5)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)