サリドマイド事件

日本のサリドマイド製剤(イソミンとプロバンM、そしてゾロ品)

投稿日:2018年6月10日 更新日:

日本のサリドマイド製剤は、全部で16品目(15社)が販売許可された。

しかし、大日本製薬(株)のイソミン(睡眠鎮静剤・サリドマイド単剤)とプロバンM(サリドマイド入り胃腸薬・合剤)で全体の90~95%を占めていた。そして、イソミン・プロバンMのいずれにも強い催奇形性があった。

なお大日本製薬(株)は、レンツ警告後、プロバンMに替えてサリドマイドを含まないプロバンMB(同じく胃腸薬)を発売した。

イソミンとプロバンM(さらにプロバンMB)

大日本製薬(株)は、1958年1月20日(昭和33)、睡眠・鎮静剤「イソミン」(単剤)を発売した。

そして、1960年8月22日(昭和35)には、少量のサリドマイドを含む胃腸薬「プロバンM」(合剤)を発売した。さらに、レンツ警告後、「プロバンM」のサリドマイドを入れ替えた新胃腸薬「プロバンMB」を発売した。

  • イソミン     サリドマイド25mg錠、100mg/1.0g散剤(10倍散)
  • プロバンM    臭化プロパンテリン7.5mg+サリドマイド6mg(錠剤)
  • プロバンMB    臭化プロパンテリン+ブロバリン(錠剤)

プロバンM(胃腸薬)は、臭化プロパンテリン(抗コリン性鎮痙薬)に、佐薬(補助薬)としてサリドマイドを配合した合剤であった。

大日本製薬(株)は、レンツ警告について厚生省と協議をしたその当日(1961年12月6日)、プロバンMの佐薬(補助薬)をサリドマイドからブロバリン(ブロムワレリル尿素)に切り替える検討を始めた。(川俣2010,pp.34-35)

プロバンMからプロバンMBの変更については、プロバンMの提携先であるGDサール社から、レンツ警告(サリドマイド禍)のことでクレームが来ることを予想して、事前にサリドマイドを外す措置を取ったものと思われる。

大日本製薬(株)は、1961年12月11日(昭和36)、厚生省に対してプロバンMの製造販売許可事項の変更申請を提出、翌年7月7日からプロバンMBの販売を開始した。もちろん、その直前の5月には、プロバンM(及びイソミン)は出荷中止となっていた。

なお、この間の事情については、細かい日時について諸資料で異同がある。ただし、いしずえ1984(年表p.117)の「1960年12月28日 プロバンM製造許可事項変更申請」は年度の間違いであろう。

注:大日本製薬(株)以外の製剤は、25mg錠又は一部50mg錠と10%散である。

イソミンとプロバンM(薬効及び販売価格)

効能・効果及び用法・用量(イソミンとプロバンM)

イソミンの効能・効果及び用法・用量(略記)は、以下のとおりである。

  • 効能・効果:不眠症、手術前の鎮静、不安・緊張状態の鎮静
  • 用法・用量:鎮静作用を目的とする場合、通常1回12.5㎎~25㎎を1日3回服用。催眠の目的には、 就寝前に50㎎~100㎎を頓用する。小児には、適宜減量して用いる。(川俣2010,p.449)

平沢正夫(ジャーナリスト)は、イソミン(サリドマイド)の睡眠薬としての特徴について次のように書いている。

「毒性はたしかに低かった。(中略)サリドマイドでは、自殺が不可能といわれているぐらいだ。イソミンをのんだ場合、さめ心地も格別だった。ほかの睡眠薬のように、頭痛や吐き気を感じない。それに、泥のように眠りほうけることもない。自然の睡眠状態同様、声をかけるか、軽くゆさぶるかすれば、目をさます。その点でも理想的であった」。(平沢1965,p.45)

木田盈四郎(帝京大学医学部)は、イソミンとプロバンMについて次のようにまとめている。

イソミンは、不眠症、手術前および緊張不安状態の鎮静に効果があり、妊婦、小児にも安全無害であると、テレビ、新聞などを通じても広く宣伝された。プロバンMは、胃酸過多、胃炎、消化性潰瘍治療剤として市販された。(木田1982,p.138)

催奇形性の強さ(イソミンとプロバンMで違いはあったのだろうか)

イソミンとプロバンMは、共に強い催奇形性を有していたことは間違いない。ただし、両剤間でどの程度のリスク差があったのか確かなことは分からない。

なぜならば、イソミンとプロバンMの販売比率の推移、そしてそれに伴う製品ごとの患者数の推移は公表されていないからである。

以下では、サリドマイドの催奇形性の強さを示す例を幾つか挙げておこう。

西ドイツでは、薬局で買い求めたコンテルガン(サリドマイド25mg錠)を1回2錠飲んだだけで発症したケースが紹介されている。(柏森2013,p.17)

日本でも、イソミン(サリドマイド25mg錠)を1回2錠その次に4錠と、1週間おきに2回服用(合計150mg)しただけで発症した実例がある。この例では、日々の仕事に疲れて寝つきの悪かった妻が、夫の常備薬を服用したために障害児が生まれている。(平沢1965,p.19)

なお、平沢によれば「(サリドマイド児の父親である)中森さんが知っている京都のサリドマイド児は、(中略)7人いる。その過半数の4人は、母親がプロバンMをのんだために、奇形児がうまれた」という。(平沢1965,p.204)

販売価格(イソミンとプロバンM)

川俣修壽(サリドマイド事件支援者)によれば、イソミン・プロバンMの販売価格は次のようになっている。(川俣2010,p.453)

  • イソミン25mg錠(12錠150円、30錠300円)
  • イソミン10%散(25mg700円、100mg2,500円)
  • プロバンM(30錠550円、100錠1,430円)
    参考:はがき料金5円(昭和26年11月1日~41年6月30日)

栢森良二(帝京大学医学部)の書籍の中に、イソミンの製品説明書や広告などのコピー写真が載っている。写真の中に「イソミン散は1g中、本化合物0.1gを含有する10倍散である」と書かれた文字が読み取れる。(栢森1997,pp.10-11)

ところが、同書本文p.9では、「(イソミンには)10mg/1.0g散剤があった」としている。これでは100倍散になってしまう。ここで改めて、イソミンの用法・用量を確認すると、「催眠の目的には、就寝前に50㎎~100㎎を頓用する」となっている。

例えば、イソミン1回量50㎎(成分量)とすると、10倍散であれば0.5g(製剤量)となる。これが100倍散であれば5.0g(製剤量)となり、1回量100㎎(成分量)ならば10.0g(製剤量)となる。1回に散剤を5.0~10.0g服用するというのは、量的にはやはり不自然である。

それはともかく、改めて上記価格表を確認すると、錠剤では1錠(25mg力価)10円程度である。それが、散剤(10倍散)では25mg700円となっている。これでは錠剤の価格とかけ離れているように思われるが、どのような計算になるのか私にはよく分からない。

ゾロ品の発売(大日本製薬を含めて15社(16品目)で販売が許可された)

当時の日本国内では、新薬が発売されるとそれに連れてゾロ品(後発の真似薬)が次々と発売されるのが常であった。

この時も同様で、販売許可されたサリドマイド製剤は、イソミン・プロバンMも含めて全部で16品目(15社)に上った。(川俣2010,pp.452-453)

そしてその中で、下記6社(合わせて7品目有り)が、サリドマイド裁判和解後に損害賠償金を支払った。(川俣2010,p.426)

大日本製薬(イソミン・プロバンM)、富山化学工業(グルタノン)、エスエス製薬(新ニプロール)、小野薬品工業(ボンブレン)、ゼリア化工(サノドルミン)、セイセー薬品工業(新ナイトS)。

つまり、少なくとも上記6社(7品目)は実際に製品を販売していたことになる。セイセー薬品工業以外は、21世紀まで存続している製薬会社ばかりである。

なお川俣は、セイセー薬品工業を生盛化学としている場合があるが誤りであろう。

各製薬会社(あるいは製品)ごとの被害者数

サリドマイド訴訟では、大日本製薬(株)は、東京をはじめとする全国の8地裁全てで被告となった。同社以外で被告になったのは、セイセー薬品工業(東京地裁)のみである。

実は、サリドマイド製剤の製品ごとの被害者数はよく分かっていない。イソミン・プロバンMのそれぞれの被害者数も公表されていない。

「製薬会社ごとの被害者数は、投薬証明が不明なケースもあり正確には分からなかったが、新ナイトS(セイセー薬品工業)が一人、ボンブレン(小野薬品工業)とサノドルミン(ゼリア化工)の両方を飲んだ被害者が一人確認できるので、309人中少なくとも二人は大日本製薬以外の製品による被害者だ」。(川俣2010,p.491)

ゾロ品からジェネリック医薬品へ

現在では、医療用医薬品は、新薬(先発医薬品)とジェネリック医薬品(後発医薬品)に分けて考えられている。

ジェネリック医薬品は、特許期間が過ぎた新薬と同じ有効成分を使い、国の厳しい基準に基づいて製造・販売されている。開発費があまりかからないので価格は割安となり、国の医療費抑制の柱として厚生労働省でも後発品の使用を推奨している。

私は保険薬局の薬剤師として日々患者さんに接している。その中で、特に鎮痛剤(内服薬や貼り薬)について、先発の方が良いという患者さんの声を聞くことがある。

後発品の生物学的同等性は保証されているはずである。それでもなお、製剤的な完成度において、後発品が先発品に及ばない面があるのだろうか。そのほか、ジェネリック医薬品には、多品目を取り扱うことによる欠品のリスク回避などの措置も求められている。

参考URL

関連URL及び電子書籍(アマゾンKindle版)

1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
サリドマイド事件のあらまし(概要)
上記まとめ記事から各詳細ページにリンクを張っています。
(現在の詳細ページ数、20数ページ)

2)サリドマイド事件に関する全ページをまとめて電子出版しています。(アマゾンKindle版)
『サリドマイド事件(第3版)』
世界最大の薬害 日本の場合はどうだったのか
加筆修正⇒2019年10月12日(第3版発行)

www.amazon.co.jp/ebook/dp/B00V2CRN9G/
2015年3月21日(電子書籍:Amazon Kindle版)
2016年11月5日(第2版発行)
2019年10月12日(第3版発行)

『サリドマイド胎芽症診療ガイド2017』で参考書籍の一つに挙げられています。

Web管理人

山本明正(やまもと・あきまさ)

1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2019年5月(令和1)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)

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