サリドマイド使用量の推移とサリドマイド胎芽病の増減には相関関係がある

2019年12月4日

疫学研究によれば、サリドマイド胎芽病は、サリドマイドが販売された場所(国)と時間(期間)でのみ発生している。サリドマイド使用量の推移とサリドマイド胎芽病の増減には、少なくとも相関関係があることは間違いない。

それに加えて、四分表(2✕2表)や各種動物実験そしてヒトにおける奇形発生のルールを詳細に検討することによって、サリドマイド仮説「サリドマイド胎芽病の原因はサリドマイドに有る」(因果関係)は証明されたといえる。

サリドマイド販売量と奇形発生との関係をみたデータ(西ドイツの場合)

書籍「裁かれる医薬産業」収載のグラフ

世界で初めてサリドマイドを開発販売したのは、西ドイツ(当時)のグリュネンタール社である。その西ドイツにおける奇形発生とサリドマイド売上高との関係をみたグラフとして、次の資料がよく使われている。

「サリドマイド型奇形の発生とサリドマイドの売上高との関係を示すグラフ(ハンブルグを除く西ドイツ全国の数値)」である(シェストレーム1973,p.168 ⇒転載、栢森1997,p.41など)。下図は、高野哲夫(1981,p.127)のものから引用した。

サリドマイド奇形と売上高

資料をみると、2本の折れ線グラフが示されている。

西ドイツにおけるサリドマイドの売上高(1961年1月=100)とサリドマイド型奇形845件(1961年10月=100)の推移をみたものである。それぞれのピーク時の値を100%とした指数で表わされている。

ここで、サリドマイドの売上高の波形(1961年1月がピーク)を9か月後ろにずらしてみると、サリドマイド児の発生件数の波形(1961年10月がピーク)とぴったり重なることが分かる。

つまり、サリドマイドの売上高(総使用量)とサリドマイド児の発生件数は、約9か月のずれを持って、ほぼ同じ比率で増加・減少していることを示している。

したがって、このグラフからサリドマイド服用とサリドマイド児出生との間に相関関係があることは明らかである。

なお、ここでは以下のことを前提としている。

まず、妊娠初期の母親がサリドマイドを服用してから、サリドマイド児が出生するまでは約8か月である。さらに、サリドマイド製剤を購入してから服用するまでの期間を1か月と仮定すると、サリドマイド購入から約9か月後にサリドマイド児が生まれることになる。

売上高と奇形児出生数の推移グラフについて詳しくみてみよう

1)「西ドイツにおけるサリドマイドの売上高」は1960年になって急激に増加している。

サリドマイドの売上高は、翌年の1961年1月、ピークに達したもののその後は急速に減少している。その原因は、副作用報告(多発神経炎)の増加にある。(増山編1971,増山pp.15-16)

実はレンツ警告(同年11月)が出た頃には、売上げは既に相当落ち込んでいたことが分かる。

2)「サリドマイド児の発生件数」を見ると、コンテルガン発売(1957年10月)の1年以内に最初の症例が発生している。

発生件数は、1961年10月をピークとして急速に上昇・下降して、最後はゼロとなっている。

梶井データ(日本の場合)

書籍「あざらしっ子」収載のグラフ

梶井正(当時、ジュネーブ大学助教授)は、サリドマイド裁判に出廷して証言をしている。そのときに証拠として提出された資料の一つが、自身で作成したデータ「甲一二九号証の一」、つまり「サリドマイド胎芽症の出生頻度を示すヒストグラム(180例)」である。(1971年10月、東京地裁)

梶井は、この一つ前の段階(160例を集積した時点)で、英語の論文を一つ書いている(Kajii,1965,Ann Paediatr)。そして平沢正夫(フリージャーナリスト)は、この英語論文を紹介している。(平沢1965,p.192)。

サリドマイド

図をみると、ヒストグラム(全国のサリドマイド児の出生数を示す棒グラフ)と、折れ線グラフ(北海道におけるサリドマイドの店頭販売量)が、それぞれのピーク時の値を100%として示されている。(注:データは、4か月ごとに区切って集計されている)

なおこの図では、店頭販売量(折れ線グラフ)を8か月後ろにずらして、出生数(棒グラフ)と重ねて表示している。妊娠初期の母親がサリドマイドを服用してから、サリドマイド児が生まれるまで約8か月と仮定しているのである。

改めてグラフをみると、日本におけるサリドマイド児の出生ピークは、「1962年9~12月(昭和37)」にある。

そして、そこで店頭販売量のピークと重なっている。つまり、その8か月前「1962年1~4月(昭和37)」に店頭販売量がピークになったことを示している。

そしてその後、両者はほとんど重なり合いながら、ほぼ同じ比率で減少している。

つまり、サリドマイド製剤の出荷中止(1962年5月)とそれに続く販売中止・回収決定(1962年9月)によって、サリドマイドの店頭販売量(総服用量)が減少するとともに、サリドマイド児の発生数が減少していったことを示している。

最後は当然、両者ともゼロになっている。

これによって、サリドマイド服用とサリドマイド児出生との間に、少なくとも相関関係があることは否定できない。

梶井は北海道の店頭販売データを使用している

この資料で梶井は、北海道における店頭販売量を、全国のサリドマイド販売量に置き換えて検討している。これに対して大日本製薬(株)は、「方法上の誤りがあるから無意味な分析だ」と批判していた。

しかし、吉村功(名古屋大学助教授)の分析によって、両者の間にはきれいな比例関係のあることが証明されている。(増山編1971,吉村p.256)

なお、この北海道の店頭販売データは、北海道衛生部薬務課の管轄下にある各保健所(50か所)が、薬局を直接訪問して販売ノートを調べて、その結果をまとめたものである。(藤木&木田1974,梶井証言p.146,150)

この調査では、プロバンMを除く各社のサリドマイド製剤の〈錠数〉を集計している。ほとんどの製品は1錠25mgであり、一部1錠50mgの製品があるもののその数量は無視できるほど小さい。

ところで、この調査のきっかけとなったのは、1962年1月1日(昭和37)から睡眠薬を販売する際には住所氏名の記載が必須となるなど、睡眠薬規制の強化が行われたことによるものと思われる。

実際のところ、この調査では、サリドマイド製剤に限らずブロバリンなども含む睡眠薬全般が対象となった。

いずれにしても、調査の信ぴょう性は高い。全国でも行われるべき調査であった。

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参考URL

関連URL及び電子書籍(アマゾンKindle版)

1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
サリドマイド事件のあらまし(概要)
上記まとめ記事から各詳細ページにリンクを張っています。
(現在の詳細ページ数、20数ページ)

2)サリドマイド事件に関する全ページをまとめて電子出版しています。(アマゾンKindle版)
『サリドマイド事件(第3版)』
世界最大の薬害 日本の場合はどうだったのか
加筆修正⇒2019年10月12日(第3版発行)

www.amazon.co.jp/ebook/dp/B00V2CRN9G/
2015年3月21日(電子書籍:Amazon Kindle版)
2016年11月5日(第2版発行)
2019年10月12日(第3版発行)

本書は、『サリドマイド胎芽症診療ガイド2017』で参考書籍の一つに挙げられています。

Web管理人

山本明正(やまもと・あきまさ)

1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2019年5月(令和1)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)