レンツ警告3/3(素早い回収がメカニズムの解明よりも優先する)

2022年4月17日

紙の書籍『サリドマイド事件(第三版)』(アマゾン・ペーパーバック版:POD版)を出版しました(2023年2月20日刊)。内容はKindle版(第七版)と同じです。現在の正式版は、アマゾンPOD版(紙の書籍)としています。(最新:2023/02/25刷)

POD版、Kindle版共に、Web版よりもきちんとまとまっています。(図版も入っています)

Web版の方が分量の多い箇所も、一部あります。ただし、Web版は全て〈参考資料〉の位置付けです。このWebをご覧いただく際には、〈未完成原稿〉であることをご了解くださいますようお願いいたします。

疑わしきは直ちに回収すべきである

グリュネンタール社(コンテルガン製造販売会社)は、2012年8月31日(平成24)、事件発生から50年を経て初めて謝罪の意を表明した。つまり、同社自身はそれまで責任を認めてはいなかったのである。

とはいえ同社は、レンツ警告(1961年11月)を受けて「何はともあれ対応」を開始した。そして、全製品の回収を決定すると即座にそれを実行した。そしてその結果、その後の被害児発生を防ぐことができた。

これに対して我が国では、レンツ警告を無視して販売中止(回収)を先延ばしにした。当然ながらその後も被害は拡大した。

素早い回収こそ最善の策である

グリュネンタール社(コンテルガン製造販売元)は、2012年8月31日(平成24)、初の謝罪声明を出した。事件発生から50年間、実は一度も謝罪したことがなかったのだそうである。

つまり、グリュネンタール社は、その当時から自身の責任を認めていたわけではない。それにもかかわらず、マスコミにリークされた結果とはいえ、「何はともあれ直ちに回収」を行った。そしてその結果、その後の被害発生を抑えることができた。

これに対して我が国では、有用な医薬品を回収すれば社会不安を起こす。今、動物実験を依頼しておりその結果を待っている。などとして、販売中止(回収)を先延ばしにしたため被害が拡大した。

津田敏秀(岡山大学教授)は、サリドマイド事件に関して「疑わしきは直ちに回収」すべきであったとしている。

「「(誤って)回収する」場合の被害は主に経済的コストだけで済むが、「(誤って)回収しない」場合には経済的コストどころか人的被害が重くのしかかる」からである。(津田2003,p.86)

レンツの四分表(2×2表)を行政判断に生かすために

サリドマイドと奇形との間に、因果関係が有るのか無いのかをはっきりさせるためには、調査結果を四分表(2×2表)にまとめて統計学的な分析をすることになる(症例対照研究)。

そしてその上で、必要に応じた素早い対応を取ることが求められる。

津田は、レンツ警告(四分表、2×2表)を用いて、「「科学的根拠に基づいた行政判断」について、学生に質問を投げかけることにしている」という。(津田2003,pp.83-87)

あなたはこの表を見て、サリドマイドの回収命令を出しますか、それとも出しませんか。
注)この表:レンツの四分表(2×2表)のこと

津田によれば、結果はいつもほぼ決まっている。すなわち「回収命令を出す」という方に手を挙げる学生が半数を超えることはほとんどなく、かといって、「回収命令を出さない」という方に手を挙げる学生もほとんどいない。残りの多くの学生は、判断しかねて手を挙げそびれる。

レンツの四分表(2×2表)は、「疫学調査とその統計学的な処理及び具体的な対策」について学ぶ絶好の材料となっている。

疑わしき薬剤を回収することは、メカニズムの解明よりも優先する

津田は、レンツの四分表(2×2表)を示しつつ、「これがレンツ警告というものである」(津田2003,p.87)としている。ただし厳密には、そこで示された四分表はレンツ警告(1961年11月15日)当時のものではない。

レンツが初めてグリュネンタール社へ電話をした時、レンツの手元には、自ら調査した21例中14症例しか確実な症例は集まっていなかった(既述)。もちろん、サリドマイド胎芽病そのものについては、まだ良く分かっていなかった。

つまり、レンツ警告では「コンテルガンが奇形の原因である」と断定しているわけではない。

これに対して、Wikipedia「サリドマイド」の「薬害サリドマイド禍」の項では、次のように述べている。(2018/06/17閲覧)

疫学調査(レンツ警告・1961年11月。ただしこの報告は疫学的因果関係のみでメカニズムは未解明)から先天異常「サリドマイド胎芽症」や胎児死亡といった催奇性と因果関係があるとされ、日本では1962年9月に販売停止と回収が行われた。

この段階で、「メカニズムは未解明」であることには何の問題も無い。

なぜならば、疫学とは、メカニズムの解明よりも何よりも先に、「目の前にある問題を解決するために、今すぐやるべきことは何か」を解明する学問だからである。

レンツの偉大さは、極めて短時間のうちに少数例ながらも確実な症例を自ら集め、コンテルガンが一番疑わしいという結論に達したこと、そして、そのコンテルガンの回収を促す行動を起こしたことにある。

そうしたレンツ警告の意義を理解しなかった日本では、サリドマイド製剤の販売中止及び回収決定が、西欧諸国に比べて大幅に遅れてしまった。

病因物質の判明は、対策を取る際の必要条件ではない

水俣病の場合を振り返る

津田は、日本の四大公害病の一つである水俣病について詳しく研究している。

津田によれば、水俣病も食品衛生法で言うところの食中毒の一種である。その上で、食品衛生法による「病因物質(原因物質とは言わない)」、「原因食品」そして「原因施設」をはっきりと区別して考えることが大切としている。(津田2004,pp.45-72)

津田は、「病因物質の判明は対策を取る際の必要条件ではない」と繰り返し述べている。大切なのは、「原因食品」に対して素早い対策を取ることである。

水俣病の場合、初期対応として最も大切なことは、「原因食品」である「水俣湾産の魚介類」の摂食を直ちにやめることであった。

ところが、原因物質の究明と称して「病因物質」である有機水銀の解明に時間をかけている間に、魚介類の摂食をやめるという簡便かつ確実な対策を取ることができず、被害を拡大させてしまったのである。

サリドマイド事件の場合はどうか

サリドマイド事件の場合について、私なりに考えると次のようになるであろうか。

サリドマイド事件の場合、奇形の原因として「サリドマイド製剤を服用すること」が強く疑われた。したがって、何よりもまず先に、「原因食品」としてのサリドマイド製剤を直ちに全面回収すべきであった。

そしてその後で、この場合に「病因物質」と言ってよいのかどうか私にはよく分からないが、主成分のサリドマイドの薬理作用を改めて調べ直したり、場合によっては不純物が原因となったのかもしれないなどの検討をすべきであった。

いずれにせよ、回収の判断をするためと称して、動物実験の結果を待っている時間的余裕はなかった。

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参考URL

関連URL及び電子書籍(アマゾンKindle版)

1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
サリドマイド事件のあらまし(概要)
上記まとめ記事から各詳細ページにリンクを張っています。
(現在の詳細ページ数、20数ページ)

2)サリドマイド事件に関する全ページをまとめて電子出版しています。(アマゾンKindle版)
『サリドマイド事件(第7版)』
世界最大の薬害 日本の場合はどうだったのか(図表も入っています)

www.amazon.co.jp/ebook/dp/B00V2CRN9G/
2015年3月21日(電子書籍:Amazon Kindle版)
2016年11月5日(第2版発行)
2019年10月12日(第3版発行)
2020年05月20日(第4版発行)
2021年08月25日(第5版発行)
2022年03月10日(第6版発行)
2023年02月20日(第7版発行)、最新刷(2023/02/25)

本書は、『サリドマイド胎芽症診療ガイド2017』で参考書籍の一つに挙げられています。

Web管理人

山本明正(やまもと あきまさ)

1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2023年1月(令和5)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)