サリドマイドの復権 ― サレドカプセル(日本の場合)

2019年11月13日

サリドマイド新たな脚光を浴びる

1964年(昭和39)、全くの偶然からエルサレム・ハンセン病病院(ヤコブ・シェスキン院長)で、サリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(結節性紅斑)に劇的に効くことが確かめられた。

ところで、ハンセン病患者の多い国としてブラジルが挙げられる。レンツ警告(1961年11月)後、世界中で製造中止されたサリドマイドが、実はその後、南米、特にブラジルで製造され続けていた。ところが、同国ではサリドマイドの安易な使用に伴って、新たなサリドマイド児を数多く生み出してしまっている。

サリドマイドに頼らざるを得ない疾患が確かに存在している。サリドマイドを「「悪魔の薬」から「福音の薬」へ」(栢森1997,p58)と復活させるためには、どの様にして副作用を防止すればよいのであろうか。

以下では、主としてステフェン(邦訳2001)を参考にしてまとめてみた。

米国FDA、サリドマイドを承認(1998年)

1998年7月16日、FDA(米国食品医薬品局)は、サリドマイドをハンセン病に伴う皮膚炎(結節性紅斑)の治療薬として販売許可した。米国におけるサリドマイドは、1960年代初頭に、ケルシー博士によって一度承認を拒否されている。したがって、同国での発売は今回が初めてである。

エイズ対策が目的だった

米国における承認の背景には、エイズの流行があった。エイズ患者のカポジ肉腫にサリドマイドが非常によく効くのである。そこで、米国内の患者は闇市場でサリドマイドを買い求めていた。

FDAとしては、流通経路の不透明なサリドマイドが、規制を逃れて出回ることを防ぎたいところである。サリドマイドを承認薬にしておけば、米国産サリドマイドを適応外使用(医師の裁量権)として、エイズ患者に自由に処方することが可能となる。

実際に、1998年7月の承認以降、米国の医師は130以上もの症状に対してサリドマイドを処方しているという。

その多くは自己免疫反応に関するものであり、多発性硬化症、狼蒼(全身性エリテマトーデス、円板状(皮膚)エリテマトーデス)、移植片対宿主病(特に、命にかかわる骨髄移植)、炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)、強皮症、壊疽性膿皮症などが挙げられる。

その後の研究によって、サリドマイドは各種の難治性粘膜皮膚疾患に対する「特効薬」としての地位を確立した。その適応は、例えばハンセン病、全身性エリテマトーデス(SLE)、ベーチェット病、そしてエイズなどに至るまで非常に幅広い。

ただ皮肉なことに、エイズに関しては、その後いくつかの優れた薬剤が開発されたため、サリドマイドの出番は予想よりは少ないようである。

副作用防止のためのSTEPSプログラム

サリドマイドの承認に際しては、STEPS(サリドマイド教育と安全処方のためのシステム)というプログラムの実施が義務付けられており、リスクの非常に高い薬剤の使用モデルとして注目されている。(STEPS:System for Thalidomide Education and Prescribing Safety)

サリドマイドの使用を希望する医師は、まずこのプログラム(STEPS)に登録して、薬理作用、副作用、過去の被害などについて学ぶ。患者に対する十分な情報提供が義務付けられており、処方後は使用状況の監視を受けることになる。当然、調剤できるのは登録済みの薬局に限られる。

STEPSでは、男性も含めて厳格な避妊指導が行われる。その理由は、男性服用患者の体液を通して女性に影響を与えることが分かってきたからである。そして、女性患者には妊娠検査が義務付けられている。もちろん、他者への譲渡は厳禁である。

藤本製薬(株)のサレドカプセル

2009年2月(平成21)、ついに日本でもサリドマイド製剤の販売が再開された。藤本製薬(株)のサレドカプセル100で、効能・効果は「再発又は難治性の多発性骨髄腫」となっている。

ちなみに、製造販売承認年月日(2008/10/16)、薬価基準収載年月日(2008/12/12)、そして発売年月日(2009/02/06)である。

さらに同社では、2011年7月、らい性結節性紅斑に係る効能追加のため一部変更承認申請を行い、2012年5月、らい性結節性紅斑に対する「効能・効果」及び「用法・用量」が追加承認された。

なお現在では、サレドカプセル100に加えて、50mg及び25mg含有製剤の製造承認申請を得て発売している。共にサレドカプセル100と同様の承認条件が付されている。

以下では、サレドカプセル100が発売されるまでの経過について、まとめてみることにする。

医療用医薬品には治験が必須である

ある化合物が治療薬として認められるためには、その化合物が人間にとって有効であり、かつ安全性が高いことが確かめられなければならない。

それを証明するために実施される臨床試験のことを、特に治験〈ちけん〉といっている。新薬開発のための、治療を兼ねた試験という意味であり、通常数千人規模の患者を対象に実施されるものである。

日本国内で治療薬として認められるためには、治験の結果を元に、中央薬事審議会(2001年以降、薬事・食品衛生審議会、厚生労働大臣の諮問機関)による審査を受け、最終的に〈承認〉されなければならない。

さらに、中央社会保険医療協議会(通称:中医協、厚生労働大臣の諮問機関)による審査を受け、〈医療用〉医薬品の大部分は、〈薬価基準〉に〈収載〉されることによって、いわゆる保険が利く薬となる。

大量のサリドマイド製剤が個人輸入されていた

日本国内では、サレドカプセル100が製造販売承認(2008年10月16日)されるまで、サリドマイド製剤の承認は取り消されたままの状態であった。つまり、サリドマイドは保険が利かない薬剤であった。もちろん、日本国内でサリドマイド製剤はどこにも存在しなかった。

ところが、このサリドマイド製剤が医師を通じた個人輸入で急増していた。対象は多発性骨髄腫(血液がんの一種)の患者で、2003年度の輸入量は約53万錠に上っていた。もちろん全額自己負担である。

そこで、当該がん患者団体はサリドマイドの承認を求めて声を上げていた。それに対して、サリドマイドの被害者団体は新たな薬害を防ぐための規制を求めていた。

そうした状況を踏まえて、厚生労働省は「多発性骨髄腫に対するサリドマイドの適正使用ガイドライン」を公表(2004年12月)した。未承認薬としては異例の対策といってよいであろう。

サリドマイド、希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)」に指定される

欧米で承認されているにもかかわらず、国内では未承認の薬剤が幾つかある。

日本での承認に時間がかかり、承認までの医療費が全額自己負担になるなど、特にがん患者などから改善を求める切実な声が上がっている。

こうした患者の要望に応えると同時に、医薬品の安全性を確保するための制度作りが始まった。

2005年01月21日(平成17)、薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会の審査において、サリドマイドが「希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)」に指定されることとなった。このことによって、サリドマイドが医療用医薬品として、日本でも復活する(薬価基準に収載される)可能性が高まった。

希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)」とは

オーファンドラッグ(Orphan Drug)「希少疾病用医薬品」とは、医療上の必要性は非常に高いものの対象となる患者数が少なく、多くの生産量を見込めない医薬品のことをいう。

新薬の研究開発には膨大な費用が掛かる。したがって、通常はこのような採算性の低い医薬品を開発しようとするメーカーはなかなか現れない。

オーファンドラッグの指定とは、そのような医薬品を積極的に開発する意欲のあるメーカーに対して、種々の優遇措置を与えて開発を促す制度である。

例えば、ほかの医薬品に優先して審査を受けられる(薬価基準収載が早まる)、開発費の助成が得られる、などである。

なお、オーファンドラッグの指定を受けるには、我が国における患者数5万人未満で、しかも、医療上特にその必要性が高いことが必要条件となる。すなわち、代替する適切な医薬品や治療方法がない、あるいは既存の医薬品と比較して著しく高い有効性又は安全性が期待されること、が求められる。

注)もともと「オーファン」とは、面倒をみる親や親戚がいない、誰も引き取り手のいない子どもを意味する単語(英語)である。

混合診療の解禁に向けて

2005年01月24日、厚生労働省の「未承認薬使用問題検討会議」(座長=黒川清・日本学術会議会長)の初会合が開かれ、サリドマイドなどの〈未〉承認抗がん剤3種類について、〈混合診療〉(保険診療と保険外診療との併用)を認めることで概ね了承された。

日本の医療保険制度では混合診療は原則禁止となっている。したがって、保険対象外の医療技術や薬剤を使用すると、そのほかの保険診療分まで含めて、全額患者が負担しなければならない。

混合診療を認める例外として、特定療養費制度がある

特定療養費制度とは、高度医療を含んだ療養や、特に定められた特別サービスを含んだ療養などにかかる費用のうち、基礎部分については保険給付を行い、特別サービス部門は自己負担とすることによって、患者の医療選択の幅を広げようとするものである。

特定療養費制度は、〈治験〉に参加した患者にも適用される。

その場合、基礎的な診療部分が保険給付の対象となり、それ以外の高度医療部分は被験者の代わりに企業(依頼者)が その費用を負担することになる。したがって、患者の負担はかなり軽減されることになる。

未承認薬使用問題検討会議の結論は、サリドマイドが承認(薬価収載)される前であっても、治験に参加して当該医薬品による治療を受ける場合には、 特定療養費制度の運用によって、保険給付を受ける道が開かれたということを意味している。

サリドマイドの承認申請を目指している藤本製薬(株)では、1月24日(2005年)には既に被害者団体と面談したとしており、引き続き話し合う場を設けたいとしていた。そしてその後、治験が開始された。

承認条件:TERMS(サリドマイド製剤安全管理手順)を適正に遵守すること

2009年2月(平成21)、種々の手続きを経て、ついに日本でもサリドマイド製剤が再び販売されることになった。

承認条件として、「本剤の製造販売・管理・使用等にあたっては、「サリドマイド製剤安全管理手順」を適正に遵守すること」などが添付文書に記載されている。(サリドマイド製剤安全管理手順⇒TERMS:Thalidomide Education and Risk Management System)

TERMSでは、サリドマイド製剤を安全に使用するために、それを使用する医療関係者や患者などに向けて、守るべき事項を定めている。

サリドマイド系薬物は、抗炎症薬・免疫調整薬として非常に優れた医薬品である。今後とも大切に育てていきたいものである。

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1)サリドマイド事件全般について、以下で概要をまとめています。
サリドマイド事件のあらまし(概要)
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2016年11月5日(第2版発行)
2019年10月12日(第3版発行)

本書は、『サリドマイド胎芽症診療ガイド2017』で参考書籍の一つに挙げられています。

Web管理人

山本明正(やまもと・あきまさ)

1970年3月(昭和45)徳島大学薬学部卒(薬剤師)
1970年4月(昭和45)塩野義製薬株式会社 入社
2012年1月(平成24)定年後再雇用満期4年で退職
2012年2月(平成24)保険薬局薬剤師(フルタイム)
2019年5月(令和1)現在、保険薬局薬剤師(パートタイム)